
はじめに|売上単価の話を、いつもと逆の方向から考えます
こんにちは、矢上真吾です。
合同会社e-lifeの代表をしております。ひとり治療院AI自立化サポートをやっている鍼灸師です。
今日はマインドセットの話をします。テーマは「自分が幸福感を得られる収入を知る」です。
治療院をやっていると、売上や単価の話は、たいてい「いくらまで上げるか」という方向に進んでいきます。今日はその方向を変えます。自分はいくらのときに幸福感が出るのか、という方向です。
先に言っておきますが、目標を下げましょうという話ではありません。上を目指すのはもちろんできますし、それが向いている人もいます。ただ、上を見るだけが幸せではなかった、というのが私が13年やってきて、10年目くらいにようやく気づいたことでした。
まず私自身の話から入ります。そのあとで、収入と幸福感の関係が実際にどう調べられているのかを、原著論文と内閣府の報告書まで当たって調べたので紹介します。
※ この記事は、ポッドキャストで話した内容を記事にしたものです(Spotifyで聴く)。
1. 月商200万円を目標にして、140万円で止まった話
一時期、私は治療院の月商を200万円に置いてやっていました。開業3年目くらいからでしょうか。3年目、4年目、5年目あたりの時期です。
結果として、最高月商は140万円でした。実売上です。回数券の販売額ではなく、実際に患者さんが来院して発生した売上のことです。
売上がいちばん高い時期が、いちばん苦しかった
この3年目、4年目、5年目というのは、売上でいえばいちばん高い時期でした。
でも、記憶としては苦しいんです。
スタッフとの関係もギスギスしていました。患者さんとの間にも、少しギスギスしたものが出ていたなと思います。
結論として、治療院の収入だけで200万円というのは、自分には苦しかった。自分にとっては幸福感が出づらいところだったのかな、といま振り返って思います。
何が嫌だったのか
具体的に何が嫌だったのかというと、こういうことでした。
来院頻度はすごく大事にしていました。だから、キャンセルをされたときの自分の感情が嫌だったんです。
受付スタッフが来院頻度の説明を思ったよりしてくれないとか、紹介カードをお渡しするタイミングが少しずれるとか、そういうことでイライラしたりする。
本来は、患者さんの身体が良くなるためにやっていることなんです。実際、来院頻度の設計は良くなるために必要なことです。
それがどこかで、そうではなくなっていた。200万円という数字のほうに、僕自身が囚われていたなと感じています。
数字に囚われると、目の前の人のためにやっていたはずの行動が、数字を守るための行動にすり替わります。すり替わっていることに、渦中では気づけません。
2. 収入と幸福感は、実際どう調べられているのか

せっかくなので、この関係が実際にどう研究されているのかを調べました。ウェルビーイング(well-being)という言葉があります。ウェルは「良い」、ビーイングは「ある状態」。つまり「良い状態」という意味です。
カーネマン&ディートン(2010)|7万5,000ドルで頭打ち
2010年、ダニエル・カーネマンとアンガス・ディートンが発表した研究です(PNAS 107巻)。
ギャラップ社が米国居住者に毎日1,000人ずつ実施している調査から、45万件以上の回答を分析しました。
結果は、収入が上がると感情面の良い状態も上がっていくけれど、年収7万5,000ドルあたりで頭打ちになり、それ以上増えても上がらなかったというものでした。
日本の記事では、この7万5,000ドルが「およそ800万円」として紹介されることが多いです。「年収800万円がいちばん幸せ」という話の出どころは、これです。
キリングスワース(2021)|頭打ちは見られなかった
2021年、別の研究者であるマシュー・キリングスワースが、違う結果を出しました(PNAS 118巻)。
使ったのは経験サンプリングという方法です。エクスペリエンスは経験、サンプリングは標本を抜き取ること。
後から1日を振り返って答えてもらうのではなく、スマートフォンで随時「いま、どんな気分ですか」と聞いて、その瞬間の気分を集める方法です。
33,391人から、172万件以上のレポートを集めました。
こちらの結果は、7万5,000ドルを超えても幸福感は上がり続け、頭打ちは見られないというものでした。
同じテーマで、正反対の結論です。
2023年|対立した二人が、一緒に分析し直した
そのあと、両方の研究者が組みました。
アドバーサリアル・コラボレーションという手法です。アドバーサリアルは「敵対する・対立する」、コラボレーションは「共同作業」。
対立している研究者同士が、お互いの生データを持ち寄って、一緒に分析し直すというやり方です。中立の立場としてバーバラ・メラーズが加わりました。2023年、PNAS 120巻に発表されています。
出てきた結論は、どちらも正しかった。ただし、対象にしていた層が違ったというものでした。
- もともと幸福感が低い層:年収10万ドルあたりで頭打ちになる。この10万ドルは、2010年の7万5,000ドルを物価上昇で調整した額です
- それ以外の大多数:10万ドルを超えても上がり続ける
- 最も幸福感が高い層:超えたあと、むしろ上がり方が加速する
研究者のコメントとして紹介されているのは、経済的に恵まれているのに不幸だという人の場合、お金が増えてもそこは変わらない、という趣旨のものです。
つまり、「いくらで頭打ち」という一つの答えは出ていない。同じ収入でも人によって線の形が違う、というところまでが現時点で分かっていることです。
天井知らずの人もいる。私はここが面白いと思いました。
3. 日本のデータ|内閣府の調査は「山型」だった

日本にもデータがあります。内閣府の「満足度・生活の質に関する調査」です。国が毎年とっています。
やり方はシンプルで、「今の生活にどのくらい満足していますか」を0点から10点の11段階で自己評価してもらうというものです。
2025年の調査(第7回)では、10,633人が対象で、全体平均は5.79でした。前年の5.89から0.10ポイント低下しています。
山型のデータは2019年の第1次報告書
ここは正確に書いておきます。世帯年収別・金融資産別の分布が公表されているのは、2019年5月に出た第1次報告書(2018年度調査・10,293人・平均5.89点)です。
そこでは、収入と満足度の関係は右肩上がりではなく、山型になっていました。
世帯年収別の総合主観満足度
| 世帯年収 | 満足度 |
|---|---|
| 100万円未満 | 5.01 |
| 300万〜500万円 | 5.68 |
| 700万〜1,000万円 | 6.24 |
| 1,000万〜2,000万円 | 6.52 |
| 2,000万〜3,000万円 | 6.84(ピーク) |
| 3,000万〜5,000万円 | 6.60 |
| 5,000万〜1億円 | 6.50 |
| 1億円以上 | 6.03 |
世帯年収2,000万〜3,000万円までは、収入が上がるほど満足度も上がる。そこで頭打ちになり、それ以上の年収があると、満足度はゆるやかに下がっていきます。
金融資産で見ても同じ形が出ています。
いちばん低いのが資産100万円未満の層で4.98点。いちばん高いのが資産1億円以上3億円未満の層で6.92点。そして3億円以上になると6.43点まで下がります。
ひとつ注意点があります。高い年収帯・資産帯は回答者数が少ないです(世帯年収2,000万〜3,000万円は92人、1億円以上は31人、資産3億円以上は44人)。ですので、山の頂上の位置は幅を持って読むほうがいいと思います。
それでも、上に行くほど単純に満足度が上がるわけではないという形が日本のデータで出ているのは、覚えておいていい事実だと思いました。
アメリカのデータとは、少し違う感じがありますね。
4. 僕が本当に苦しかったのは、比べていたからでした

もうひとつ、私のエピソードを話します。
私は青年会議所に入っていた時期があります。40歳までの団体です。
そこでは、自分よりはるかに経営規模の大きい社長の方々と一緒に活動する機会がありました。
活動中は、まったく何とも思わないんです。全員が同じ立場で動いているので。
苦しかったのは、そのあとの雑談の時間でした。
いま振り返って思うのは、経営規模がその方々に届いていなかったこと自体が原因ではない、ということです。
届いていなくても、自分がその人たちと同じような感覚でいられたなら、居心地は悪くなかったと思います。でも、自分はそうはなれなかった。
年商が何百億、何千億という人たちと一緒にいると、やっぱり苦しかった。そうではない方たちとは、別にそんなこともない。
そこで気づきました。自分が居心地よくいられる人たちと同じくらいの収入になってくると、幸福感が出やすいのかな、と。
近所の人の収入と、自分の幸福度
この「周りと比べてどうか」という部分も、実際に調べられています。
2005年に発表された、ラットマーという経済学者の研究です。タイトルは「Neighbors as Negatives(負としての隣人)」。掲載誌はQuarterly Journal of Economics。
自分の収入を同じ条件に揃えたうえで比べると、近隣の人たちの平均収入が高い地域に住んでいる人ほど、自己申告の幸福度が低いという結果でした。
自分の絶対額ではなく、周りとの相対的な位置が効いているという話です。
私にも、その嫌いはあると思います。
順位を選ぶか、額を選ぶか
もうひとつ、1998年に発表された調査があります。ソルニックとヘメンウェイの研究です。
1995年2月、ハーバード公衆衛生大学院の教員・学生・職員257人に、こういう選択肢を出しました。
- A:自分の年収は5万ドル、周りの人は2万5,000ドル
- B:自分の年収は10万ドル、周りの人は20万ドル
額だけを見ればBのほうが倍です。それでも、およそ半数がAを選びました。
この研究では、こうした順位に関わる関心のことをポジショナルと呼んでいます。ポジションは位置・順位、それに関わるという意味です。
なお、この調査では項目によって差が出ていて、順位への関心がいちばん強かったのは容姿と上司からの評価。いちばん弱かったのは休暇の長さだったそうです。
面白いですよね。私自身、こういう経験をさせてもらったから、自分の幸せとは何ぞやと考えるきっかけになりました。
そして、なんだかんだ言っても、みんな相対的に生きているんだなと。僕も含めてです。周りと比べて自分はどうかというのを、無意識のレベルでずっと思っているんだなと感じています。
5. 僕が削りたくないもの|時間
いま現在の私はどうかというと、収入はもう少し欲しいのが事実です。
治療院の収入がもう少し上がってほしいというのもありますし、治療以外の収入を上げていきたいというのもあります。
ただ、削りたくないところがあります。時間です。
家族と一緒に過ごす時間があること。家族と一緒にスポーツができること。私はライフセービングというスポーツを家族とやっているので、それができる時間がずっと確保できたうえで、収入をいかに高めていくか。そこが自分にとってのテーマです。
ここがなくなったら、僕は幸せではなくなってくるのかなと思っています。
「時間を買う」と満足度の関係
この時間についても、調べられています。
2017年に発表された研究では、アメリカ・カナダ・デンマーク・オランダの4か国、6,271人を調べています(PNAS 114巻・ウィランズら)。
家事の外注など、時間を節約するサービスにお金を使っている人ほど、生活満足度が高い。この関係は、収入の差を考慮に入れても残りました。
さらに実験もしていて、働いている大人に同じ金額を渡した場合、物を買ったときより、時間を節約する使い方をしたときのほうが幸福感が高くなったという結果が出ています。
2019年には、卒業前の大学生およそ1,000人を追いかけた研究があります(Science Advances・ウィランズら)。
卒業の時点で「お金より時間を重視する」と答えていた人は、1年後の時点で幸福感が高かった。この研究では、そういう人が、それ自体が報酬になるような仕事を選ぶ傾向があるという道筋も示されています。
6. では、単価はどうするのか
最後に単価の話をします。
患者さんに対して、これ以上単価を上げるかどうか。最初の問いに戻ってきます。
私の中では、いま現在はこれくらいかなと思っています。
これは住んでいる地域によっても変わるでしょうし、先ほど言ったとおり、自分がどういう人たちと付き合っていきたいかということだと思うんです。
自分だったらこれくらいの金額かな、というのが自分の感覚としてある。だから、これ以上上げるのはどうかなと思っているところです。
もうひとつ理由があります。鍼灸マッサージは、もっとインフラになるべきだと思っているからです。もっと多くの方が手に取りやすい金額にしたい、というのが本音のところです。
ここは人によって答えが違って当然です。上を目指すなら、経営者の道を選ぶほうが手っ取り早いと私は思います。
7. 自分の「幸福収入」を測る方法

では、自分の幸福収入はどうやって調べるのか。実は、そんなに難しくありません。
方法1|内閣府と同じやり方で、自分を採点する
内閣府の調査は、特別な道具を使っていません。「今の生活にどのくらい満足しているか」を0から10点で自分でつける。それだけです。そのうえで、分野別にも同じように点数をつけてもらっています。
同じことは自分でもできます。
- 今の生活全体に、0から10点で何点をつけるか
- 収入、家族との時間、健康、仕事の内容、人との関係に、それぞれ何点をつけるか
そして、比べます。
月商が140万円だった時期と、それを追いかけていた時期とで、その点数はどう違ったか。
私の場合、売上の点数がいちばん高くて、人との関係の点数がいちばん低かった時期です。これは点数にしてみないと見えません。
方法2|キリングスワースのやり方を真似る
キリングスワースの研究は、その場その場の気分を記録する方法でした。
こちらも真似できます。1日のうち何回か、「いまの気分は何点か」を書き止めるだけです。
売上がいい日に点数が高いのか。予約が埋まっている日に高いのか。それとも、早く終わって家に帰れた日に高いのか。
自分の線の形は、自分で測るしかありません。2023年の再分析が教えてくれたのは、線の形は人によって違うということでした。だとしたら、平均値の話をいくら聞いても、自分の答えは出てこないわけです。
その数字は、自分の数字ですか。借りものの物差しは、達成しても嬉しくないし、届かなくても苦しさしか残りません。
まとめ|目標を下げる話ではありません
もう一度書きますが、目標を下げる話ではありません。
自分がどうしたら幸福感が得られるのか、そこを見ていてほしいという話です。
3年目、4年目、5年目は、上を目指して挫折した感覚でした。もう一度チャレンジしたいと思っていたのも事実です。その後にコロナが来て、そこから色々と考えるようになりました。
ちょうどそのタイミングで、自分よりはるかに経営規模の大きい方々と過ごす時間が増えたことで、自分はどうしていきたいのかを改めて考え直しました。
その結果として、自分がいちばん幸福感を得られるところは、人によって違うんじゃないかと思うようになりました。
私の場合は時間でした。家族と過ごす時間を得たかったので、そこを得るにはどうしたらいいかと考えた結果が、いまの生活スタイル・活動スタイルになっています。
もしかしたら、私自身がもっと収入が上がった時点で、同じような感覚になっているか、また違うかもしれません。それは分かりません。ですので、これ以降、自分の収入が上がったときにどうなっていくかも、また話していければと思っています。
参考になれば幸いです。本日も素敵な1日をお過ごしください。
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参考文献
- Kahneman, D. & Deaton, A. (2010) "High income improves evaluation of life but not emotional well-being", PNAS 107(38) https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1011492107
- Killingsworth, M.A. (2021) "Experienced well-being rises with income, even above $75,000 per year", PNAS 118(4) https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2016976118
- Killingsworth, M.A., Kahneman, D. & Mellers, B. (2023) "Income and emotional well-being: A conflict resolved", PNAS 120(10) https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2208661120
- 内閣府「満足度・生活の質に関する調査報告書2025」 https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/manzoku/report09.pdf
- 内閣府「『満足度・生活の質に関する調査』に関する第1次報告書」(2019年5月) https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/manzoku/pdf/report01.pdf
- Luttmer, E.F.P. (2005) "Neighbors as Negatives: Relative Earnings and Well-Being", Quarterly Journal of Economics 120(3) https://academic.oup.com/qje/article-abstract/120/3/963/1841496
- Solnick, S.J. & Hemenway, D. (1998) "Is more always better?: A survey on positional concerns", Journal of Economic Behavior & Organization 37(3) https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0167268198000894
- Whillans, A.V. et al. (2017) "Buying time promotes happiness", PNAS 114(32) https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.1706541114
- Whillans, A.V., Macchia, L. & Dunn, E.W. (2019) "Valuing time over money predicts happiness after a major life transition", Science Advances 5(9) https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aax2615