夜の治療院で窓辺から町の明かりを眺める院長とハリーちゃん

自立の教科書 第2章 / 02 of 03 / 全文無料

月商200万円を追いかけていたときが、
いちばん苦しかった

月商100万円を超えて、次は200万円だと考えました。天井は140万円でした。でも問題は、届かなかったことではありません。その数字が、そもそも自分の幸せと違っていたのです。

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お金のブロックが外れると、売上は伸び始めます。僕もそうでした。50万円を超え、そのまま月商100万円を突破しました。嬉しかったです。

そして次に、こう考えました。「次は200万円だ」。

この章は、その先で僕が転んだ話です。そして12年やった今、自分の適正額をどう決めているかを、根拠ごとお見せします。

先に結論を書きます。いま僕が治療院に置いている目標月商は、150万円です。 そしてその150万円は、生活費から逆算した数字ではありません。一緒に働いている受付スタッフが、無理なく回せる量から決めています。

なぜそうなったのか。ここから順番に書きます。

月商200万円を目標にして、140万円で止まった

夜遅い受付で疲れた表情の院長
夜遅い受付で疲れた表情の院長

一時期、僕は治療院の月商を200万円に置いてやっていました。開業3年目くらいからでしょうか。3年目、4年目、5年目あたりの時期です。

結果として、最高月商は140万円でした。5年目、2018年のことです。

目標200万円・実際の最高140万円・いま置いている150万円の比較
目標200万円・実際の最高140万円・いま置いている150万円の比較

ここは数え方を分けて書きます。

額 中身
実売上 140万円 実際に患者さんが来院して発生した売上
総売上 150万円 それに回数券の販売額を足したもの

どちらも、いまに至るまでの過去最高です。 同じ月の数字です。

この2つは混ぜないでください。回数券が売れた月は総売上が跳ねますが、その分はまだ施術していない前受けです。実売上のほうが、自分の院がいま何人を何回診ているかを正直に表します。僕が「140万円が天井だった」と言うときは、いつも実売上のほうを指しています。

そして、先に一つだけ断っておきます。この総売上の150万円と、いま僕が置いている目標の150万円は、同じ額です。でも、狙って合わせた数字ではありません。過去最高に戻そうとしているのでもありません。 偶然、同じところに落ちただけです。いまの150万円の出どころは、この章の後半で書きます。

売上がいちばん高い時期が、いちばん苦しかった

この3年目、4年目、5年目というのは、売上でいえばいちばん高い時期でした。そして天井を打ったのが、その最後の年——5年目の2018年です。

でも、記憶としては苦しいんです。

スタッフとの関係もギスギスしていました。患者さんとの間にも、少しギスギスしたものが出ていたなと思います。

結論として、治療院の収入だけで200万円というのは、自分には苦しかった。自分にとっては幸福感が出づらいところだったのかな、といま振り返って思います。

何が嫌だったのか

具体的に何が嫌だったのかというと、こういうことでした。

来院頻度はすごく大事にしていました。だから、キャンセルをされたときの自分の感情が嫌だったんです。

受付スタッフが来院頻度の説明を思ったよりしてくれないとか、紹介カードをお渡しするタイミングが少しずれるとか、そういうことでイライラしたりする。

本来は、患者さんの身体が良くなるためにやっていることなんです。実際、来院頻度の設計は良くなるために必要なことです。前の章で、僕はそれを12年かけて型にしてきたと書きました。

それがどこかで、そうではなくなっていた。200万円という数字のほうに、僕自身が囚われていたなと感じています。

数字に囚われると、目の前の人のためにやっていたはずの行動が、数字を守るための行動にすり替わります。 すり替わっていることに、渦中では気づけません。

ここが、前の章の危険な続きです

はっきり書いておきます。前の章の内容には、副作用があります。

通院指導が言えるようになる。回数券が出るようになる。売上が伸びる。ここまでは良いことです。

でもその技術を、数字を守るために使い始めた瞬間に、同じ行動が毒に変わります。

「この患者さんは通ったほうが良くなる」から言うのか。「今月あと20万円足りない」から言うのか。言葉は同じです。 患者さんから見ても、たぶん区別がつきません。

自分にだけ分かります。そして僕は、3年目から5年目のあいだ、後者に寄っていた時期がありました。

だから、前の章と、この章は必ずセットで読んでください。アクセルを教えたあとに、どこへ向かうかを決める話です。

挫折して、コロナが来て、考え直しました

静まり返った院内で窓の外を見る院長
静まり返った院内で窓の外を見る院長

3年目、4年目、5年目は、上を目指して挫折した感覚でした。正直に言うと、もう一度チャレンジしたいと思っていたのも事実です。

その後にコロナが来ました。そこから色々と考えるようになりました。

売上がいちばん高い時期に何が起きていたかを並べた図
売上がいちばん高い時期に何が起きていたかを並べた図

ちょうどそのタイミングで、自分よりはるかに経営規模の大きい方々と過ごす時間が増えました。それで、自分はどうしていきたいのかを、改めて考え直すことになりました。

苦しかったのは、比べていたからでした

空の椅子が並ぶ会議室の隅にひとり立つ院長
空の椅子が並ぶ会議室の隅にひとり立つ院長

そのエピソードを書きます。

僕は青年会議所に入っていた時期があります。40歳までの団体です。そこでは、自分よりはるかに経営規模の大きい社長の方々と一緒に活動する機会がありました。

誰の数字を、追いかけていますか
誰の数字を、追いかけていますか

活動中は、まったく何とも思わないんです。 全員が同じ立場で動いているので。

苦しかったのは、そのあとの雑談の時間でした。

いま振り返って思うのは、経営規模がその方々に届いていなかったこと自体が原因ではない、ということです。届いていなくても、自分がその人たちと同じような感覚でいられたなら、居心地は悪くなかったと思います。でも、自分はそうはなれなかった。

年商が何百億、何千億という人たちと一緒にいると、やっぱり苦しかった。そうではない方たちとは、別にそんなこともない。

そこで気づきました。自分が居心地よくいられる人たちと同じくらいの収入になってくると、幸福感が出やすいのかな、と。

せっかくなので、研究をちゃんと見てみました

無地の本を開いて読む院長とハリーちゃん
無地の本を開いて読む院長とハリーちゃん

「収入と幸福感」は、感覚で語られがちな話です。なので、実際どう調べられているのかを見にいきました。

ウェルビーイング(well-being)という言葉があります。ウェルは「良い」、ビーイングは「ある状態」。つまり「良い状態」という意味です。

カーネマン&ディートン(2010)|7万5,000ドルで頭打ち

2010年、ダニエル・カーネマンとアンガス・ディートンが発表した研究です(PNAS 107巻)。

ギャラップ社が米国居住者に毎日1,000人ずつ実施している調査から、45万件以上の回答を分析しました。

結果は、収入が上がると感情面の良い状態も上がっていくけれど、年収7万5,000ドルあたりで頭打ちになり、それ以上増えても上がらなかったというものでした。

日本の記事では、この7万5,000ドルが「およそ800万円」として紹介されることが多いです。「年収800万円がいちばん幸せ」という話の出どころは、これです。

キリングスワース(2021)|頭打ちは見られなかった

2021年、別の研究者であるマシュー・キリングスワースが、違う結果を出しました(PNAS 118巻)。

使ったのは経験サンプリングという方法です。エクスペリエンスは経験、サンプリングは標本を抜き取ること。

後から1日を振り返って答えてもらうのではなく、スマートフォンで随時「いま、どんな気分ですか」と聞いて、その瞬間の気分を集める方法です。

33,391人から、172万件以上のレポートを集めました。

こちらの結果は、7万5,000ドルを超えても幸福感は上がり続け、頭打ちは見られないというものでした。

同じテーマで、正反対の結論です。

2023年|対立した二人が、一緒に分析し直した

そのあと、両方の研究者が組みました。

アドバーサリアル・コラボレーションという手法です。アドバーサリアルは「敵対する・対立する」、コラボレーションは「共同作業」。

対立している研究者同士が、お互いの生データを持ち寄って、一緒に分析し直すというやり方です。中立の立場としてバーバラ・メラーズが加わりました。2023年、PNAS 120巻に発表されています。

出てきた結論は、どちらも正しかった。ただし、対象にしていた層が違ったというものでした。

  • もともと幸福感が低い層 … 年収10万ドルあたりで頭打ちになる。この10万ドルは、2010年の7万5,000ドルを物価上昇で調整した額です
  • それ以外の大多数 … 10万ドルを超えても上がり続ける
  • 最も幸福感が高い層 … 超えたあと、むしろ上がり方が加速する

研究者のコメントとして紹介されているのは、経済的に恵まれているのに不幸だという人の場合、お金が増えてもそこは変わらない、という趣旨のものです。

つまり、「いくらで頭打ち」という一つの答えは出ていない。同じ収入でも人によって線の形が違う、というところまでが、現時点で分かっていることです。

天井知らずの人もいる。僕はここが面白いと思いました。

日本のデータ|内閣府の調査は「山型」でした

日本にもデータがあります。内閣府の「満足度・生活の質に関する調査」です。国が毎年とっています。

やり方はシンプルで、「今の生活にどのくらい満足していますか」を0点から10点の11段階で自己評価してもらうというものです。

2025年の調査(第7回)では、10,633人が対象で、全体平均は5.79でした。前年の5.89から0.10ポイント低下しています。

ここは正確に書いておきます。世帯年収別・金融資産別の分布が公表されているのは、2019年5月に出た第1次報告書(2018年度調査・10,293人・平均5.89点)です。

そこでは、収入と満足度の関係は右肩上がりではなく、山型になっていました。

世帯年収 総合主観満足度
100万円未満 5.01
300万〜500万円 5.68
700万〜1,000万円 6.24
1,000万〜2,000万円 6.52
2,000万〜3,000万円 6.84(ピーク)
3,000万〜5,000万円 6.60
5,000万〜1億円 6.50
1億円以上 6.03

世帯年収2,000万〜3,000万円までは、収入が上がるほど満足度も上がる。そこで頭打ちになり、それ以上の年収があると、満足度はゆるやかに下がっていきます。

金融資産で見ても同じ形が出ています。いちばん低いのが資産100万円未満の層で4.98点。いちばん高いのが資産1億円以上3億円未満の層で6.92点。そして3億円以上になると6.43点まで下がります。

ひとつ注意点があります。高い年収帯・資産帯は回答者数が少ないです(世帯年収2,000万〜3,000万円は92人、1億円以上は31人、資産3億円以上は44人)。ですので、山の頂上の位置は幅を持って読むほうがいいと思います。

それでも、上に行くほど単純に満足度が上がるわけではないという形が日本のデータで出ているのは、覚えておいていい事実だと思いました。

アメリカのデータとは、少し違う感じがありますね。

近所の人の収入と、自分の幸福度

この「周りと比べてどうか」という部分も、実際に調べられています。

2005年に発表された、ラットマーという経済学者の研究です。タイトルは「Neighbors as Negatives(負としての隣人)」。掲載誌は Quarterly Journal of Economics。

内閣府の調査による世帯年収別の総合主観満足度。2,000〜3,000万円が山の頂上
内閣府の調査による世帯年収別の総合主観満足度。2,000〜3,000万円が山の頂上

自分の収入を同じ条件に揃えたうえで比べると、近隣の人たちの平均収入が高い地域に住んでいる人ほど、自己申告の幸福度が低いという結果でした。自分の絶対額ではなく、周りとの相対的な位置が効いているという話です。

僕にも、その嫌いはあると思います。青年会議所の雑談の時間に感じていたものは、まさにこれでした。

順位を選ぶか、額を選ぶか

もうひとつ、1998年に発表された調査があります。ソルニックとヘメンウェイの研究です。

1995年2月、ハーバード公衆衛生大学院の教員・学生・職員257人に、こういう選択肢を出しました。

  • A:自分の年収は5万ドル、周りの人は2万5,000ドル
  • B:自分の年収は10万ドル、周りの人は20万ドル

額だけを見ればBのほうが倍です。それでも、およそ半数がAを選びました。

この研究では、こうした順位に関わる関心のことをポジショナルと呼んでいます。なお、この調査では項目によって差が出ていて、順位への関心がいちばん強かったのは容姿と上司からの評価。いちばん弱かったのは休暇の長さだったそうです。

面白いですよね。そして、なんだかんだ言っても、みんな相対的に生きているんだなと。僕も含めてです。周りと比べて自分はどうかというのを、無意識のレベルでずっと思っているんだなと感じています。

「時間を買う」と満足度の関係

もうひとつだけ。時間についても調べられています。

2017年に発表された研究では、アメリカ・カナダ・デンマーク・オランダの4か国、6,271人を調べています(PNAS 114巻・ウィランズら)。家事の外注など、時間を節約するサービスにお金を使っている人ほど、生活満足度が高い。この関係は、収入の差を考慮に入れても残りました。

さらに実験もしていて、働いている大人に同じ金額を渡した場合、物を買ったときより、時間を節約する使い方をしたときのほうが幸福感が高くなったという結果が出ています。

2019年には、卒業前の大学生およそ1,000人を追いかけた研究があります(Science Advances・ウィランズら)。卒業の時点で「お金より時間を重視する」と答えていた人は、1年後の時点で幸福感が高かった。

研究から、僕が受け取ったこと

並べてきましたが、結論は一つです。

線の形は、人によって違う。

2023年の再分析が教えてくれたのはそれです。だとしたら、平均値の話をいくら聞いても、自分の答えは出てこないわけです。

「年収800万円がいちばん幸せ」も、「上げれば上げるほど幸せ」も、あなたの答えではありません。自分の線は、自分で測るしかない。

【いまの形】150万円という数字は、こう決まっています

受付で無地の予約カードを数える院長
受付で無地の予約カードを数える院長

ここからが、いまの僕の話です。

治療院に置いている目標月商は、150万円です。

そして、この数字の出どころが、この章でいちばんお伝えしたいところです。

生活費からの逆算では、ありません

よくある決め方は、こうだと思います。生活費を出す。税金と経費を足す。そこから必要な月商を計算する。

僕もそれは計算しました。でも、いま置いている目標の150万円は、そこから出た数字ではありません。

150万円は、キャパシティから決まっています。

僕と、受付スタッフが、無理なく回せる量

僕の院には受付スタッフがいます。午前と午後でそれぞれ1人ずつ、アルバイトとして来てもらっています。

そして、その方たちは、僕より年上です。50代・60代の方です。

あんまり忙しすぎると、パンクしてしまいます。

僕自身のキャパシティもあります。でも、それと同じ重さで、受付の方のキャパシティがあります。両方が無理なく回る量は、どれくらいか。それが150万円です。

言い方を変えると、150万円は、僕がいちばん心地よくいられるところで、なお目指せる金額です。低すぎれば張り合いがない。高すぎれば、僕と受付の方のどちらかが削れる。その両方を外したところが、150万円でした。

だから、前半に書いた2018年の総売上150万円とは、関係がありません。過去最高に戻すための数字ではなく、いまの自分と受付の容量から出てきた数字です。 同じ額なのは偶然です。

なぜ、これを基準にしているのか

3年目から5年目の話を思い出してください。あのとき僕は、受付スタッフが来院頻度の説明をしてくれないことにイライラしていました。

いま振り返れば、あれは受付の方の問題ではありません。僕が置いた200万円という数字が、その方のキャパシティを超えていたということです。

数字が人の容量を超えると、人は動けなくなります。動けない人を見て、僕はイライラしていました。順番が逆だったんです。

だから僕はいま、先に人の容量を見て、そこから数字を置いています。

これは「優しさ」の話ではありません。その方が無理なく回せる範囲でしか、この形は維持できないという、経営の話です。次でその意味を書きます。

「一人治療院」は、完全ワンオペではありません

ここで言葉を定義させてください。この教科書で言う「一人」は、完全ワンオペという意味ではありません。

  • 施術家(先生)が1人
  • 受付アシスタントは別にいる(むしろ推奨)

これが僕の考える一人治療院の最小単位です。

理由は、QSCという考え方で説明できます。治療院経営でよく言われるものです。

要素 内容 担当
Quality 施術の質 施術家(先生)
Service 接客・電話対応 受付アシスタント
Cleanliness 清潔さ・院内環境 受付アシスタント

施術家がやるべきことは、Q(クオリティ)だけなんです。

でも、選ばれる治療院の条件はQだけではありません。汚い治療院は選ばれない(C)。接客が良くない治療院も選ばれない(S)。

このSとCを担ってもらうのが、受付アシスタントの役割です。

臨床は一人、運営はチーム最小構成。

そして、SとCを担ってくれている人のキャパシティを超えた数字を置くと、SとCが先に崩れます。 Qだけ残った院は、選ばれません。

だから僕の適正額は、受付のキャパシティから決まっている。 ここが繋がっているところです。

一人で回している方は、どう読むか

受付がいない方のために、置き換えを書いておきます。

あなたの場合、SとCを担っているのは、あなた自身です。

QSCの分担表。施術家はQ、受付アシスタントがSとCを担う
QSCの分担表。施術家はQ、受付アシスタントがSとCを担う

ということは、施術以外の時間——電話対応、掃除、会計、予約管理——が、あなたの中でQと同じ人の時間を食い合っています。

この状態で月商を上げると、先に削られるのはCです。 掃除が後回しになる。次にSが削られます。電話に出るのが面倒になる。Qは最後まで残ります。 自分が一番大事にしているものだからです。

だから、「Cが崩れ始めたら、それが自分の上限」だと見てください。院が散らかってきたら、数字が容量を超えたサインです。

これは精神論ではなく、観察可能な指標です。掃除は、経営の計器盤です。

そして、SとCを人に渡せないなら、仕組みに渡してください。 予約をシステムに、会計をクラウドに、発信をAIに。この教科書の後半は、全部その話です。

人口が減る町で、治療家が考える3つの道

3方向に分かれる道の前で腕を組む院長
3方向に分かれる道の前で腕を組む院長

僕が単価を据え置いている理由を書く前に、他の道もちゃんと検討したということを書いておきます。

人口が減る町で治療家が考える3つの選択肢と、選ばなかった理由
人口が減る町で治療家が考える3つの選択肢と、選ばなかった理由

人口が減っていく町で、治療家がまず考える選択肢は、だいたい3つに集約されます。

選択肢①:商圏を広げる

近隣の市町村、さらに遠方まで集客範囲を広げるやり方です。SNSやWEB広告を使って、より広いエリアから患者さんを呼ぶ。これ自体は悪い戦略ではありません。

ただ、地方では「移動距離」というハードルが大きいです。週1回・月2回の来院となると、片道30分以上の距離は継続率が下がります。

前の章で書いたとおり、僕の院は週1回や週2回の通院を前提に設計しています。通院頻度を軸にした院と、広域集客は、相性が良くないんです。ここは自分の型と噛み合いませんでした。

選択肢②:商圏を変える(移転・支店展開)

思い切って、人口の多い都市部に移転する。あるいは支店を出す。

これも一つの選択肢です。ただ、家族の生活・地域とのつながり・固定費の増加を考えると、ハードルは決して低くありません。

そして、一人治療家にとって「支店を出す」は、自分の身体が分身できない以上、どこかで職人としてのアイデンティティと衝突します。 自分が立たない院を持つということが、僕にはできませんでした。

選択肢③:単価を上げる

客数が減る分を、一人あたりの単価で補う。これが最も手軽に見える選択肢です。 「高単価×少数精鋭」のモデルは、業界内でも推奨されることが多いです。

ただ、ここに僕はずっと違和感を持っています。次にその話を書きます。

なぜ、単価を上げないのか

院の扉を大きく開けて迎え入れる院長
院の扉を大きく開けて迎え入れる院長

前の章で、僕はこう書きました。「単価と来院頻度は、場所とは関係なく動かせる」。

インフラでありたい方向と、高単価×少数精鋭の方向の違い
インフラでありたい方向と、高単価×少数精鋭の方向の違い

その僕が、2016年から10年間、施術料を変えていません。 矛盾しているように見えると思います。答えを書きます。

僕の思想と、一致しないからです

僕は、一人治療家・鍼灸院というのは、その町に住んでいる方々の健康を支える存在だと思っています。どちらかというと、インフラに近い。

電気・ガス・水道のように、生活の根っこで「困ったときに頼れる場所」であってほしい。

理想を言えば、本来は鍼灸・あん摩マッサージ指圧も保険が効くくらいの位置づけであってほしいと、本気で思っています。予防医療にこそ力を入れるべきで、その対象として鍼灸が採用される日が来れば、地域の健康はもっと底上げできるはずです。

もちろん、これは僕一人でどうにかなる話ではありません。でも、「インフラであるべき」という思想は、僕の経営判断のすべての根っこにあります。

インフラ志向と、高単価化は、ベクトルが違う

インフラは、広く・多くの人に届くことが価値です。高単価化は、限られた少数に深く届けることが価値です。

どちらが正しいかの話ではありません。「僕はどちらをやりたいか」という自己認識の問題です。

僕は、できる限り門戸を広げておきたい。うちの院は回数券で1回5,500円前後ですが、これ以上上げるつもりはありません。

「高単価=真剣、低単価=不真剣」は本当か

こういう話をすると、よく言われることがあります。

「安くしたら、患者さんが真剣に治そうとしなくなるよ」

一部、事実として「高額を払ったほうが、自分の身体に真剣に向き合う」という心理は確かにあると思います。

でも、それを前提にしてしまうと、「お金を払える人しか、ちゃんとケアを受けられない」という構造になってしまう。

僕は、この構造には乗りたくないんです。

これは価格の問題ではなく、空気感の問題だと思っています。

「空気を変える」は、実現できます

「空気感を変える」と言われても、抽象的に聞こえるかもしれません。でも、僕たちには身近に成功事例があります。歯医者さんです。

歯医者さんは、ここ数十年で「予防」という概念を、国民の中に定着させました。3ヶ月に1回のクリーニング。歯石取り。フッ素塗布。小さい頃からの歯磨き習慣指導。

これらを「当たり前」として広報し続けた結果、日本の虫歯保有率・歯周病罹患率は、世代を経るごとに下がっています。

ここが重要なポイントです。

国民の意識が勝手に高まって、みんなが予防歯科に通うようになったわけではありません。 歯科業界が、継続的に広報と教育を積み重ねた。だから予防が「当たり前の空気」になった。

意識は、広報の結果です。逆ではありません。

だったら、鍼灸・治療家業界にも同じことができるはずです。「身体を整える」「予防する」「メンテナンスする」。これらを、当たり前の文化にしていく。

高単価化で少数に深く届けるより、広報と教育で空気を変えていく。 遠回りに見えて、これが僕には最もサステナブルな道だと思えました。

そしてこれは、個々の治療家が日々の発信で貢献できる領域でもあります。僕がPodcastやブログを毎日書いているのは、集客のためだけではありません。ここに効かせたいからです。

つまり、こういうことです

前の章と、この章は、こう繋がります。

単価は、上げられる。(前章)
でも僕は、上げないことを選んだ。(本章)

大事なのは順番です。「上げられない」と「上げない」は、まったく違います。

前の章でお金のブロックを外してください。上げられる状態になってください。そのうえで、上げないことを選ぶなら、それは戦略です。 ブロックが残ったまま上げないのは、ただの現状維持です。

僕は2年目と3年目に2回上げました。上げられることを自分で確認したうえで、10年据え置いています。 ここが違いです。

では、どこから収入を足すのか

高台から海沿いの町を見下ろす院長とハリーちゃん
高台から海沿いの町を見下ろす院長とハリーちゃん

単価を上げない。回数も増やせない。でも、収入はもう少し欲しい。これが僕の正直なところです。

じゃあどうするか。本業以外から足します。

この町の数字を、先に見てください

僕が開業しているのは千葉県館山市です。

  • 人口5万人未満
  • 開業してからの13年で、約6,000人減少
  • 小学校は10校から、ほぼ1校への統廃合

これが現実です。商圏が、毎年小さくなっていく地域で治療院をやっています。

この状況で治療院の収入だけに乗っていると、どうなるか。自分が何も間違えなくても、分母が減っていきます。

だから僕は、治療院以外の収入を模索し続けています。 これは不安からではなく、設計です。

経営だけで考えるなら、この町は正解ではありません

正直に書きます。鍼灸院経営だけで考えれば、人口が多いところ・若い世帯が多いところのほうが、商圏として強くて、やりやすいです。

ライバルがいたとしても、一人治療院なら自分の患者さんを確保するだけで十分です。そういう意味で言えば、人口が増えている町を探して開くのが、普通の戦略です。

僕はそれを選びませんでした。理由を書きます。

この町で生きていくと決めた日

館山は、妻の地元です。僕自身は、この町にゆかりがありませんでした。

引っ越してきて、いろんな人に会いに行きました。すると、人々の反応がすごく良かったんです。

  • 「よく来てくれたね」
  • 「こんな田舎のところによく来てくれた」
  • 「この町もちょっと賑やかになるね」

出会う人、出会う人、ほとんどがそういう反応をしてくれました。

お世辞だったかもしれません。本心ではなかったかもしれません。でも、自分にとってはそれがとてつもなく大きなことでした。嬉しくて嬉しくて、一気にこの町が好きになりました。

そして、こう思いました。

「ここの人たちに、自分が持ってやってきた経験・知識を還元しよう」
「自分はそのために、今まで頑張ってきたんだな」

今思えば、なんてお調子者なんだという感じです。でも、人々の何気ない反応で、僕は「この町で生きていく」と決めました。

覚悟は理屈じゃなく、誰かの一言で決まることがあります。

だから、人口減を折り込んで設計します

決意した、と言っても現実があります。この町の人口はこれから減っていく。高齢化はすでに進んでいる。それは分かりきっていました。

館山のような町で、鍼灸院だけの収入でいるのは、ちょっと怖いんです。

だから複数収入を常に考えて、活動してきました。書籍、デジタルコンテンツ、コンサル、メルマガ、AIサービス。

すべて「館山で鍼灸を続ける」ことを軸に、それを支える収益柱を組んでいます。

ここは順番が大事です。収入を分散させたいから鍼灸を薄めているのではありません。 鍼灸を濃く続けたいから、他を立てています。

理想は、1対1です

いま僕が置いている理想の形を書きます。

本業(治療院):それ以外 = 1 対 1

治療院で150万円なら、それ以外でも同じくらい。そこまで行けたら嬉しい、というのが正直なところです。

もちろん、まだ届いていません。届いていないから、模索し続けています。

正直に書きます。まだ繋がっていません

ここは格好つけずに書きます。

僕は別の場所で「準不労利益で月10万円」という目標を掲げています。でも、それとこの150万円は、いまのところ直接つながっていません。

「治療院150万+その他150万で、合計300万」という綺麗な設計図があって、その途中に月10万円がある——という状態ではないんです。まだ、探している段階です。

なぜそれでも書くのか。探している途中を見せるほうが、役に立つと思うからです。

完成した設計図だけを見せられても、自分の町で何をすればいいかは分かりません。「商圏が縮む町で、治療院以外の柱を立てようとしている人が、いまここにいる」——その位置を見せるほうが、たぶん使えます。

実際に走らせている柱

具体的に、いま並行して走らせているものを書きます。

  • Podcast・YouTubeでの発信 … 広告収入と認知獲得
  • デジタル教材の制作・販売 … ストック型の収益源
  • 書籍の出版 … 著者としての信用と印税
  • 一人治療家向けのサポート事業(e-life) … 同業者向けのサポート
  • SNS・ブログでの長期的なファン形成 … 将来の収益源の種まき

他の収入がしっかり立てば、鍼灸院の単価を上げずに続けられます。

「じゃあ、鍼灸を続ける意味あるの?」

ここまで書くと、こう聞かれることがあります。他で稼げるなら、治療院をやめればいいじゃないかと。

あります。だって、好きだから。

僕にとって鍼灸は、天職であり、自分のアイデンティティの一部です。これを手放したら、他で稼いでも意味がない。

だから、順番はこうです。

好きなことを続けるためにこそ、他の場所で稼ぐ仕組みを作っておく。

夢はお金が尽きた瞬間、一緒に尽きます。 だからこそ、お金を尽きさせない構造を事前に組む。ここがポイントです。

「自分が一番幸せになれる収入」を決めるというのは、額を下げる話ではなく、好きなことを手放さないための設計なんです。

足すのと同時に、減らします

もう一つ、同じくらい大事なことを書きます。

収入を足すことと、経費を極限まで軽くすることは、両輪です。売上が低くても生きていける経営状態を作っておく。

僕は12年で、年間170万円分の固定費を削りました。これは教科書の第1章(固定費最適化)で扱っている内容です。具体的には、こういうアプローチです。

固定費の徹底的な見直し

  • 家賃・水道光熱費の最適化
  • 不要なサブスク・サービスの解約
  • 事業とプライベートの支出区分を明確化

合法的な節税の活用

  • 法人化による所得分散(適正規模なら有効)
  • 小規模企業共済・経営セーフティ共済の活用
  • 経費計上できるものの見落としを潰す

無理のない範囲での経費圧縮

  • 高額な外注から、AI+自力運用への切り替え
  • 固定契約から、使った分だけの従量課金への切り替え

極力、身軽な状態で運営する。ふわふわと、風が吹いてもつぶれない状態に仕上げておく。

なぜこれが「幸せになれる収入」の話に関係あるのか。削った分は、そのまま手元に残るからです。

月商150万円で固定費が重い院と、月商150万円で固定費が軽い院は、同じ150万円でも、残る額がまったく違います。そして固定費を削るほうが、売上を上げるより確実で、速い。 患者さんの数にも、地域の人口にも左右されません。

攻めと守り、両輪を回す意味

攻めだけでは、外部要因でゼロになりえます。守りだけでは、成長が止まります。

両方を同時に回すことで、はじめて「地方で一人治療院を長く続ける」ことが可能になる。

攻めて足す(治療院以外の収入)と守って減らす(固定費)の両輪の図
攻めて足す(治療院以外の収入)と守って減らす(固定費)の両輪の図

特に人口減少の時代には、守りこそが死活的に重要だと僕は考えています。攻めは運と時間が要りますが、守りは今日から確実に効くからです。

この両輪で、僕は「自分が幸せになれる収入」に近づこうとしています。

「一人で十分」を選ぶと、何が手に入るか

モップで院内を掃除する院長とハリーちゃん
モップで院内を掃除する院長とハリーちゃん

「拡大しないと生き残れない」と言われることがあります。僕はそう思っていません。一人を選ぶことで手に入るものを、整理して書いておきます。

手に入るもの
① 意思決定が秒で終わる … 会議も承認も要らない。思いついた日に変えられる
② 利益率が異常に高い … 人件費が最小。同じ売上でも手元に残る額が違う
③ 技術が伸び続ける … 全症例を自分が診る。経験が分散しない
④ 人間関係のストレスがほぼかからない … 組織の中で消耗しない
⑤ 家族時間と健康に投資できる … 次の章の主題です
⑥ 撤退コストが極小 … 引き際を自分で決められる
⑦ 自分の人生の舵を握れる … これが全部の理由です
一人で十分を選ぶと手に入る7つと、収入との関係
一人で十分を選ぶと手に入る7つと、収入との関係

表だけだと薄いので、収入の話に直接効くものを、もう少し書きます。

①意思決定が秒で終わる

組織が最小単位なので、意思決定のスピードが圧倒的に速いです。

  • 値上げを決めるのも自分
  • 休業日を変えるのも自分
  • 新メニューを入れるのも自分

会議も合議も反発もありません。なんなら朝令暮改で、朝決めたことを夕方には覆すこともよくあります。それぐらい柔軟にできます。

受付の方には少し忍耐力が必要かもしれません。うちの受付スタッフはとても素晴らしい方々で、柔軟に対応していただいています。

スピードは、それ自体が経営資源です。 大きな組織では1つの値上げに何ヶ月もかかることがあり、その間に物価はさらに上がっていきます。

この章で「150万円に置き直した」と書きましたが、その決定も、誰の承認もなしにできました。 一人でやる価値は、ここに出ます。

②利益率が異常に高い

これが、この章の主題に一番効きます。

  • 施術家3人体制 … 人件費が乗る。同じ月商でも手元に残らない
  • 施術家1人+受付 … 受付の人件費だけ。利益率が高い

「売上を増やす」より「利益率を維持する」が、一人治療院の正解。

年商の数字を競うのではなく、手取りで暮らしの質を上げる。 この発想に切り替えた瞬間、経営はラクになりました。

僕が「目標は月商150万円でいい」と言えるのは、その150万円の残り方を知っているからです。同じ150万円でも、体制によって手取りは倍近く変わります。額を上げる前に、残る割合を上げたほうが速い。

③技術が伸び続ける

ここが一人治療家の最大の武器だと思っています。

QSCのうち、Q(クオリティ)だけに特化できる環境です。さらにAIで仕組みを整えていけば、自分の稼働時間は患者さんへの集中だけになります。

業務 誰が担うか
電話対応 受付
予約管理 AI+受付
物販・会計 受付
経理・発信 AI

施術家は「一日中、自分の手で患者さんを診る」ことができます。

教える時間も管理する時間もないので、すべての労働時間が臨床時間に変換されるんです。10年続ければ、その差は確実に積み上がります。

そしてこれは、収入の話でもあります。 技術が伸び続ける院は、単価を上げなくても選ばれ続けます。僕が10年据え置けているのは、ここが効いているからだと思っています。

④人間関係のストレスがほぼかからない

これは経営者の悩みの筆頭と言われる部分です。受付1人だけなので、人間関係の摩擦点が極小です。

僕はJリーグのトレーナーを3人体制でやっていた時期があります。しっかりしたチーフがいて、意思決定の最終ラインは決まっていたので大きな問題はありませんでした。それでも、細かい方針のずれが生じることはあります。

ここで前の話に戻ります。3年目から5年目に、僕は受付スタッフとの関係がギスギスしました。 摩擦点が極小の体制でも、そうなったんです。

原因は人ではなく、置いた数字でした。だから僕は、数字を人の容量に合わせました。

⑤家族時間と健康に投資できる

組織が小さいから、休みも柔軟に取れます。

うちはゴールデンウィークも自分のカレンダー通り(水土は午前/日曜休み)で回します。世間の連休に合わせて変えません。患者さんとの関係は定期的なリズムがいちばん大事だと思っているからです。

そして、もう一つ大きいのが健康への投資です。

  • 営業時間を自分で決められる
  • 睡眠時間をしっかり確保できる
  • 海・トレーニング・家族との時間を組み込める

健康はサプリではなく、経営構造で守るもの。

一人治療家は、自分の身体が壊れたら全部止まります。 だからこそ、健康を経営の中心に置けます。ここは次の章で詳しく書きます。

⑥撤退コストが極小(引き際の自由)

スタッフを多く抱えると、簡単には辞められません。 その方たちの人生がかかっているからです。

一人なら、自分の判断で院を閉じられる、引っ越せる、別の事業に移れる。

「いつでも辞められる」状態こそが、最高のメンタル安定装置。

組織が大きくなるほど身動きが取りづらくなる。これは経営の構造的な事実です。

そして、これも収入の話に効きます。辞められる状態にいる人は、無理な数字を置かなくて済みます。 引くに引けないから数字を積む、という状況にならないからです。

⑦自分の人生の舵を握れる

これが一番大きいかもしれません。自分で自分の人生の舵を握っている感覚が、常に持てます。

僕はいまライフセービングクラブという組織に属していますが、そこでも感じます。組織の中だと、舵を握る感覚はどうしても薄れる。人任せにしてしまう瞬間が出てくるんですよね。

それが拡大した治療院だと、もっとそうなるはずです。

  • 拡大経営 … スタッフ・家族・銀行のために「数字を作る人」になる
  • 一人経営 … 「自分のために働ける」

朝の海に行くこと。家族と過ごす時間。全部、自分の意思で組み込めます。

これが結局、長く続けられる最大の理由になります。そして次の章の主題です。

唯一の弱点は、スケールメリットです

正直に言うと、一人経営にも弱点はあります。それがスケールメリットが小さいことです。できることに限りが出る。これは事実です。

でも、ここはまさに今、AIで大きくカバーできる時代に入りました。

  • 発信 → AIでブログ・SNSを量産
  • 経理 → AIで自動仕訳
  • 予約管理 → AIエージェントで自動化
  • マーケティング分析 → AIで競合調査

そして治療院は基本的に地域のビジネスです。僕も地方でやっていますが、その町に必要な治療院になれば、スケールを追う必要はそもそもありません。

拡大路線は、経営者が考えるべきことです。施術家は一生技術者でいたいはずです。そうであれば、スケールメリットは要りません。

この教科書の残りの章は、ほとんどこの「AIでカバーする」話です。

「1人ユニコーン」を目指すという宣言

ここからは、僕個人のチャレンジの話です。

僕はいま、1人でも売上スケールを上げ続けられることを証明していきたいと思っています。いわゆる「1人ユニコーン」と呼ばれる領域です。

  • 施術家1人+受付1人
  • AIエージェントで運営を自動化
  • 教材・コンテンツで横展開
  • 地方拠点で深く根を張る

この組み合わせで、規模ではなく深さで稼ぐモデルを作っていく。

そして、同じように一生臨床に立ちたい治療家の道しるべになれたらと思っています。

さきほど「理想は本業とそれ以外で1対1」と書きました。この宣言は、その具体形です。治療院を大きくして300万円にするのではなく、治療院は150万円のまま、別の柱で150万円を作る。 これが僕の挑戦です。

僕が削りたくないもの、それは時間です

夕暮れの海辺に立つ院長とハリーちゃん
夕暮れの海辺に立つ院長とハリーちゃん

いま現在の僕はどうかというと、収入はもう少し欲しいのが事実です。治療院の収入がもう少し上がってほしいというのもありますし、治療以外の収入を上げていきたいというのもあります。

ただ、削りたくないところがあります。時間です。

家族と一緒に過ごす時間があること。家族と一緒にスポーツができること。僕はライフセービングというスポーツを家族とやっています。

僕自身は、火・水・木・金・土・日の週6日を、そこに使っています。妻は火・水・金・土・日の週5日です。

治療院を経営しながら、週6日です。これができる形でしか、僕は収入を増やしたくない。そこが自分にとってのテーマです。

ここがなくなったら、僕は幸せではなくなってくるのかなと思っています。

そして、これは「収入を諦めた」という話ではありません。週6日の時間を確保したうえで、いかに収入を高めるかという問いに変えただけです。問いを変えると、打ち手が変わります。単価を上げる以外の道を探し始めるのは、そのためです。

「いくらあれば、自分は幸せか」を探し続ける

マイクとノートパソコンの前で収録する院長
マイクとノートパソコンの前で収録する院長

だから僕は、目標の置き方を変えました。

売上の最大化ではなく、自分が一番幸せになれるのは、どれくらいなのか。それを探り続けることにしたんです。

これは「稼がなくていい」という話ではありません。必要な額は、必ずあります。家族が安心して暮らせる額。設備を入れ替えられる額。学び直しにお金を使える額。休んでも回る額。そこを下回れば、当然しんどい。

大事なのは、その額を自分で決めるということです。他人の数字ではなく、自分の生活と、一緒に働く人の容量から決める。そして、決めた額を超えたときに「もっと」と反射的に足さないこと。

僕がAIを使って手に入れたのは、売上の最大化ではなく、人生の主導権でした。業者に払っていた固定費が消えた分の、お金の余白。一人でも全部回るようになった分の、時間の余白。

規模で勝つ必要はありません。自分にとっての適正額を知っている人が、いちばん強いと僕は思っています。

まだ分かっていないことも、書いておきます

正直に付け足します。

もしかしたら、僕自身がもっと収入が上がった時点で、いまと同じ感覚でいるかもしれないし、また違うかもしれません。それは分かりません。

「150万円がちょうどいい」というのは、いまの僕の、いまの答えです。5年後に変わっているかもしれない。変わったら、また書きます。

これを書いておくのは、「答えは一つに固定されるものではない」ということ自体が、この章の内容だからです。

自分の「幸福収入」を測る、2つの方法

完全に無地の紙に書き込もうとする院長
完全に無地の紙に書き込もうとする院長
自分の幸福収入を測る2つの方法
自分の幸福収入を測る2つの方法

では、自分の幸福収入はどうやって調べるのか。実は、そんなに難しくありません。研究で使われている方法を、そのまま真似ればいいんです。

方法1|内閣府と同じやり方で、自分を採点する

内閣府の調査は、特別な道具を使っていません。「今の生活にどのくらい満足しているか」を0から10点で自分でつける。それだけです。そのうえで、分野別にも同じように点数をつけてもらっています。

同じことは自分でもできます。

  • 今の生活全体に、0から10点で何点をつけるか
  • 収入・家族との時間・健康・仕事の内容・人との関係に、それぞれ何点をつけるか

そして、比べます。

いちばん売上が高かった時期と、今とで、その点数はどう違うか。

僕の場合、売上の点数がいちばん高くて、人との関係の点数がいちばん低かった時期があります。それが3年目から5年目です。これは点数にしてみないと見えません。

方法2|キリングスワースのやり方を真似る

キリングスワースの研究は、その場その場の気分を記録する方法でした。

こちらも真似できます。1日のうち何回か、「いまの気分は何点か」を書き止めるだけです。

  • 売上がいい日に点数が高いのか
  • 予約が埋まっている日に高いのか
  • それとも、早く終わって家に帰れた日に高いのか

自分の線の形は、自分で測るしかありません。

これは、目標を下げる話ではありません

胸を張ってまっすぐ立つ院長とハリーちゃん
胸を張ってまっすぐ立つ院長とハリーちゃん

章の終わりに、一番誤解されやすいところを書いておきます。

この章は、「無理しなくていいよ」という話ではありません。

3〜5年目といまの比較。額ではなく数字の出どころを変えた
3〜5年目といまの比較。額ではなく数字の出どころを変えた

もし僕が「200万円を諦めて、150万円に下げた」だけなら、それはただの撤退です。そうではありません。

僕がやったのは、数字の出どころを変えたことです。

3〜5年目 いま
数字の出どころ 業界で言われる目標額 自分と受付の容量
数字の役割 追いかける対象 守る枠
単価 上げるべきもの 上げられるが、上げない
足りない分 治療院で埋める 治療院の外から足す
目標 200万円 150万円
到達した額 140万円(実売上・2018年) —
記憶 苦しい 続いている

額はほとんど同じです。 変わったのは、その額が何から出てきたかだけです。

そして、そこを変えた結果として、僕はいま週6日をライフセービングに使いながら、治療院を続けられています。 3年目から5年目の僕には、これができませんでした。

お伝えしたいのは、額の大小ではありません。自分がどうしたら幸福感を得られるのか、そこを見ていてほしいという話です。

上を目指したい方は、目指してください。上を目指すなら、経営者の道を選ぶほうが手っ取り早いと僕は思います。それは正当な選択です。

ただ、自分の線の形を測らないまま他人の数字を追いかけると、達成しても苦しいということだけは、経験として置いておきます。僕は3年、それをやりました。

よくある3つの誤解

この章の話をすると、だいたい同じところで誤解されます。先に潰しておきます。

誤解① 「売上を追わなくていい、という話でしょう」

違います。前の章で、僕は売上の上げ方を全部書いています。 通院指導、回数券、値上げ、売上の公式。これは全部、売上を上げるための技術です。

この章が言っているのは、その技術をどこまで使うかを自分で決めろということだけです。使わなくていいとは一言も書いていません。

誤解② 「田舎だから150万円で満足しているのでしょう」

これも違います。田舎が影響するのはカルテ枚数だけです。単価と頻度は場所と関係ありません。

僕は単価を上げられます。2年目と3年目に、実際に2回上げています。そのうえで、インフラでありたいという自分の思想から、上げないことを選んでいます。 地域のせいではなく、自分の選択です。

誤解③ 「収入をこれ以上増やす気がないのでしょう」

これも違います。収入はもう少し欲しいのが事実です。 理想は本業とそれ以外で1対1と書きました。まだ届いていません。

増やす場所を、治療院の中から外に移しただけです。治療院は150万円のまま、別の柱で150万円を作る。 これが僕の挑戦です。

この章を、一行にすると

自分の適正額を知っている人が、いちばん強い。

額の大小ではありません。その額がどこから出てきたかを説明できるかどうかです。

僕の150万円は、受付が無理なく回せる量から出ています。あなたの数字は、あなたの生活と、一緒に働く人の容量から出してください。

そして、その数字を言えるようになると、断れるようになります。 受けない仕事、出さないメニュー、行かない集まり。全部、その数字が基準になります。

僕が40代でトレーナー帯同とコンサル事業をやめられたのも、先に数字と時間の枠が決まっていたからです。枠がない人は、来たものを全部受けてしまいます。 それが、3年目から5年目の僕でした。

自己チェック:その数字は、誰の数字ですか

完全に無地のシートを腕を組んで見比べる院長
完全に無地のシートを腕を組んで見比べる院長

この章の内容を、確認できる形にしておきます。

① 数字の出どころ

自己チェック。数字の出どころ・苦しさの正体・単価・治療院以外の柱
自己チェック。数字の出どころ・苦しさの正体・単価・治療院以外の柱
  • [ ] 自分の目標月商を、金額で言える
  • [ ] その数字をどうやって出したかを説明できる
  • [ ] 誰かの数字(セミナーで聞いた額・同業の先生の額)を流用していない
  • [ ] 一緒に働く人が、その数字で無理なく回れることを確認している

② 苦しさの正体

  • [ ] 売上がいちばん高かった時期と、今の点数を比べたことがある
  • [ ] キャンセルされたとき、自分がどう感じるか知っている
  • [ ] スタッフや家族に対してイライラする月が、数字と連動していないか見ている

③ 単価の扱い

  • [ ] 「上げられない」のではなく「上げない」を選べている(前章が終わっている)
  • [ ] 上げない理由を、自分の言葉で説明できる

④ 治療院以外の柱

  • [ ] 固定費の合計額を、いま言える
  • [ ] 治療院以外の収入源が、1つ以上動いている(金額はゼロでもよい)
  • [ ] 自分の商圏の人口が、増えているか減っているか知っている

「いいえ」が多かった方へ

①で全部「いいえ」なら、この章はそこだけやってください。②③④は後です。

そして、②で「いいえ」が並んだ方は要注意です。 僕が3年目から5年目に踏んだ地雷がそこにあります。数字は達成できているのに、記憶が苦しい。その状態は、外からは成功に見えるので、誰も止めてくれません。

今日やること

3つだけ書きます。全部やっても40分です。

Step 1|自分の適正額と、人の容量を並べる(10分)

紙を1枚出して、2つ書いてください。

  1. 自分の適正額 … 「毎月いくら残れば、自分と家族は安心して暮らせるか」。そして、その額を出すために必要な月商を計算する
  2. 一緒に働く人の容量 … 受付やスタッフがいる方は、その方が無理なく回せる人数・件数を書き出す

①と②が食い違っていたら、②のほうを基準にしてください。 一人で回している方は、②を「自分が、施術以外の時間を削らずに回せる件数」に置き換えてください。

Step 2|固定費を全部書き出す(10分)

毎月支払っている固定費を、全部書き出します。家賃・光熱費/通信費・サブスク/外注委託費(HP保守・税理士・予約システムなど)/広告費・ツール利用料/保険・年金関係。

この一覧を見るだけで、「これ、本当に今も必要?」という項目が必ず見つかります。合計額を出してから、そのうち減らせそうなものを3つ選んでください。

Step 3|治療院以外の柱を、1つだけ始める(20分)

複数を一気に始める必要はありません。続けられそうなものを、たった1つだけ選んでください。

SNS発信/YouTube・Podcast/ブログ/デジタル教材の構想メモ/メルマガ。

今週中に、1つだけアカウントを作り、1つだけ投稿する。 それで十分です。ストック型の収入は、時間をかけて積み上げる類のものです。

最後に、書いておいてほしいこと

もう一つだけ、余裕があればやってください。

あなたの治療院は、この町にとってどんな役割を果たしていますか。

  • どんな人を救っているか
  • この町に何を提供しているか
  • 自分の院がなくなったら、誰が困るか

この3つを言語化するだけで、日々の発信・接客・経営判断の軸がぶれなくなります。

そして僕の場合、この3つの答えが、単価を上げない理由になっています。 数字の話をしているつもりで、実は思想の話をしていた。この章で一番伝えたかったのは、そこです。

その数字が、あなたの目標です。誰かの200万円ではありません。

そして、書いた紙は捨てないでください。1年後に同じ紙を出して、点数をつけ直してください。 自分の線の形は、1年でも変わります。僕の場合、3年かかって変わりました。

この続きは、教科書に。

休む時間・家族との時間・地域との時間・自分の時間は、精神論では取れません。固定費を下げ、数字を読み、仕組みを作って、はじめて取れます。その順番を全部入れたのが「ひとり治療院 自立の教科書」です。まだ迷っているなら、まずは毎週のメルマガから。